|
新しい記事を書く事で広告が消せます。 |
|
10月9日夜、吉祥寺東町法政跡地についての地区計画が出来上がり、その説明会が行われるというので聴きに行きました。影響を受ける周辺地域にお住まいの皆さんには大きな関心事であることは予想されましたが、100人あまりもの人が集まっていました。市議も10人来ていました。
法政跡地問題の経緯については、'05/12/23、'06/1/12をご参照下さい。市議会は高層マンション建設反対で足並みが揃っています。 地区計画について私は専門家でも何でもありませんが、「普通、ある土地に建物を建てたり、地域を開発したりする場合、建築基準法や都市計画法の用途地域などの規制を受けることになるが、正規の手続きにのっとって地区計画を作ることにより、その地区内では法に優先して規制を強めたり、緩和したりするなど、細かく規定することができる」というように理解しています。 地区計画策定のプロセスを大雑把に説明すると大体 [地区住民の意見集約]→[自治体が原案作成]→[縦覧・意見書受付]→[都市計画審議会が承認・決定]→[自治体が条例化]→[議会が承認]→[発効] というような流れになるようで、日本では1985年に神戸市で制定された「まちづくり条例」が最初だそうです。 (詳しくはWikipediaや東京都、江戸川区などのページを参考にして下さい)。 「吉祥寺東町文教地区地区計画協議会」の方々が苦労して作成され、地区住民の8割の署名を得たという地区計画ですが、署名の段階では「地区計画の原文」は配布されていなかったようで、この日も出席者には文書では配布されず、プロジェクターによる説明だけだったのは残念です。 ※「署名の段階では「地区計画の原文」は配布されていなかったようで」という部分について「協議会」の当事者の方から事実と違うという抗議がありました。「地区計画の原文を配布し、説明をした上て署名をもらった」ということですので、お詫びしてそのように訂正します。 説明を聞いていて気になることが何点かありました。
国立市の明和地所の最高裁判決というのは今年3月に出たもので、原告の請求こそ認められなかったものの(理由は地区計画は工事が始まってから後出しされたものだったからということのようです)「良好な景観に近接する地域内に居住する者が有するその景観の恵沢を享受する利益は,法律上保護に値するものと解するのが相当である」と、判決でハッキリ景観権が認められ、これは良好な住環境を求める住民にとって強い味方になると考えられます。(新聞記事) ただ、国立市の大学通りと比べて、東町の住宅街は景観的に特別だとは言えませんが、今回の地区計画が単なる住民エゴでなく、生活者の一般常識に裏打ちされたものであれば、仮に今後裁判になったとしても十分勝算があると思われます。 武蔵野市ではかつて後藤喜八郎市長の時代に、「指導要綱」を巡ってマンション業者と争いになり、市の方でも水道の供給をストップするなどかなり強硬な手段を取ったものの、結局最高裁まで行って市が敗れてしまい、市長が損害賠償を命じられたことがありました。そんなこともあって武蔵野市は慎重になっているのかも知れませんが、内容はともかく、地区計画策定そのものに反対ではない筈なので、今後東町住民との話し合いが進むことが期待されます。
ところで少なくとも昨年の4月に三鷹市と法政大学側が協定書を結んだ頃には(建通新聞東京2005.7.4付)、武蔵野市は三鷹市からのルートで公式に校舎移転の話を聞いていたようで、その時点で跡地をどうするか、法政側から武蔵野市に全く話がなかったのは、よく考えてみると大変不思議なことだと思っていました。 しばらく前、その疑問が氷解するような、前市長と法政との関係について大変興味深い話を聞き込みましたが、当事者に確認した訳ではないのでここに書けないのが残念です。 |
|
| ホーム |
|


