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10/16〜10/18まで、総務委員会の視察旅行で下関・北九州市に行ってきました。視察の中身については改めて報告しますが、今日は10/14に書いた「法政跡地地区計画の説明会を聞いて」に対して、2人の方からコメント、というより批判のメールをいただきましたので、少し長くなりますが、これに反論したいと思います。
2人の方は共に「吉祥寺東町文教地区地区計画協議会」のメンバーで、建築を専門としている方とのことで、仮にAさん、Bさんと呼ばせて頂きます。共にブログの流れに沿って批判しているせいか、内容はよく似ています。ここではAさんのコメントについて逐一反論します。プライバシーに関わる部分を除き原文のままです。グレーの囲みがAさんから頂いたメールで、その内の青字は私の14日のブログを引用されている部分です。
高層マンション建設に反対し、住環境を守りたいという思いは同じであることは全体を読めば明確におわかり頂けると思うので大変残念です。
都市計画法が上位法としてあり、その下に地区計画があることは理解しているつもりです。ただ例えば、都市計画法に基づく用途地域の規定で建ぺい率が200%とされている場所でも、地区計画(正確には地区計画を取り入れた条例)により100%と決められれば、その地区では100%の方が優先するということではないでしょうか。「法に優先して」と書いた部分が「あらゆる法律を超えて」という風にでも誤解されやすいというのなら、訂正することは構いませんが、どうして「読者を欺く結果に繋がる」などというオーバーな受け取り方になるのか、全く理解できません。
これは事実がどうであったかということですから,、間違っていたら訂正します。資料を持って説明に回るという大変な労力を掛けて、署名を集められたことには敬服します。ただ実際問題として、地区計画の内容はその場で説明を受けただけで頭に入るものではないと思います。HPを作って解説付きで原文を掲載し、じっくり読んでもらうなど、理解を深める方法はいろいろ考えられます。もっとオープンにして、多くの人の意見を反映させる努力は、今後も続けられるべきではないでしょうか。
行政に対する強い不信感を持っていらっしゃるようです。協議の中で芽生え、現在に至っているのかも知れませんが「都市整備部(長)の否定的態度の理由は、行政官の存在を誇示したいという個人的感情にあることに気付きました」というのは、思い込みが強過ぎると感じます。 市の担当者に確認したところ「武蔵野市は地区計画が1件も成立していない」というのは事実だそうです。しかし、住民から提案できるように都市計画法が改正されたのは、H15年からということもあってまだ実績はない、法改正前に行政側の発議により、西久保地区で地区計画がかなり具体化しそうになったことはある、との回答でした。 地区計画成立までには、14日にも書いたように[都市計画審議会が承認][市による条例化][議会の承認]など、まだまだ高いハードルがあり、工事着工がタイムリミットとすれば時間も限られています。ここまで行政と対立して、今後どのような展望をお持ちなのでしょうか。
「感覚的な、或は気分的な記述でしたら、是非削除願います」とはどういうことでしょう。感想を述べてはいけないのでしょうか。地区計画で15mと決まると、現状でそれを超えるものは「既存不適格」となることくらいは知っています。高さについて私の考えは最後に改めて述べます。
この記述のどこが不適当なのでしょうか。国立市マンションの例で最高裁判決は「景観権」以上に踏み込んでいないと思います(全文 解説)。勿論、住環境全般の保全を目指す地区計画が成立し、司法でも認められば画期的なことですが、私には理想と現実の間にギャップがあるように思えます。
れっきとした事実を述べることががなぜ流言飛語になるのでしょうか。「指導要綱」と「地区計画」の違いがあるとは言え、市とマンション業者が裁判で争ったこと、今回もそうなる可能性があることはよく似ています。裁判で敗れた当事者が慎重になるのは誰にでもわかることです。「地区計画」はオールマイティで、絶対負けることはないとでも言われるのでしょうか。
批判はご自由ですが、書くことの内容にまで指図を受けるつもりは全くありません。
自分の住まいの住環境を、少なくとも現状より悪化させたくないと考えるのは人間として当然の願いであり、権利であると思います。ですから、影響の大きいマンション予定地の北側に住んでいる人たちを中心に「地区内の建造物の最高高さを現状の15m以下としてほしい」という強い要望が出てくるのは、しごく真っ当なことだと思います。原案の地区計画がこのまま成立し、デベロッパー(長谷工)もこれに納得するのなら、それに越したことはありません。しかし現実には、世田谷区北沢の都立大跡地に立ってしまった絶壁マンション(深沢ハウス)とか、市と結託していると住民側が主張し、現在高裁で係争中の小平の高層マンション(未着工)など、長谷工が関係するマンションでは厳しい事例が目立ちます(長谷工以外でもそうですが)。町田市玉川学園のIBMグラウンド跡地の長谷工の計画にも反対運動が起きています。 東町のケースは着工後に地区計画ができた国立のケースより今のところ有利ですが、デベロッパーにすれば「土地を購入後、急に地区計画を作って規制を厳しくするのは権利の侵害であり、承服できない」と主張することは十分考えられます。楽観はできません。 仮に裁判となり、負けたら長谷工の言い分がそのまま通り、住民にとって非常に不利な条件で建設を認めることにはならないでしょうか(現在の用途地域のままだと、敷地内の一部では最高高さ33mまで建築できることになると聞いています)。賢明な方々のことですから、そういうことにはならないと見通して戦略を立てられているとは思いますが、余計な心配をしてしまいます。 私は譲れるところは譲って、住民の最大公約数となる着地点を探り、合意可能な地区計画を目指す方が現実的だと考えます。 AさんBさん共にその道の専門家ということですから「これはこういうことですよ」と普通に言ってくれればいいものを「お前は間違っている、もっと勉強しろ。市議のくせに何だ!」と言わんばかりの主張をされれば、こちらもいい気持ちがしないのは仕方がないことです。行政側と上手く行っていないのも納得できます。 配られた小冊子Q&Aに「仮に裁判になって負けても、市が責任を負うだけで、地権者には関係ありません」とハッキリ書いてあります。同じことは説明会でも聞きました。或いは本音かも知れませんが、こんなことを明らかにしたらどういう反応があるか、覚悟の上で言ったり書いたりされているのでしょうか。非常に疑問に思います。 10月9日の集会の後に、初めてお目に掛かった住民の方から「説明を受けた今回の地区計画は少し楽観的過ぎると感じた」と話し掛けられました。内容や進め方を疑問に思っている方々も少なからずいらっしゃるのではないかと感じました。 |
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10月9日夜、吉祥寺東町法政跡地についての地区計画が出来上がり、その説明会が行われるというので聴きに行きました。影響を受ける周辺地域にお住まいの皆さんには大きな関心事であることは予想されましたが、100人あまりもの人が集まっていました。市議も10人来ていました。
法政跡地問題の経緯については、'05/12/23、'06/1/12をご参照下さい。市議会は高層マンション建設反対で足並みが揃っています。 地区計画について私は専門家でも何でもありませんが、「普通、ある土地に建物を建てたり、地域を開発したりする場合、建築基準法や都市計画法の用途地域などの規制を受けることになるが、正規の手続きにのっとって地区計画を作ることにより、その地区内では法に優先して規制を強めたり、緩和したりするなど、細かく規定することができる」というように理解しています。 地区計画策定のプロセスを大雑把に説明すると大体 [地区住民の意見集約]→[自治体が原案作成]→[縦覧・意見書受付]→[都市計画審議会が承認・決定]→[自治体が条例化]→[議会が承認]→[発効] というような流れになるようで、日本では1985年に神戸市で制定された「まちづくり条例」が最初だそうです。 (詳しくはWikipediaや東京都、江戸川区などのページを参考にして下さい)。 「吉祥寺東町文教地区地区計画協議会」の方々が苦労して作成され、地区住民の8割の署名を得たという地区計画ですが、署名の段階では「地区計画の原文」は配布されていなかったようで、この日も出席者には文書では配布されず、プロジェクターによる説明だけだったのは残念です。 ※「署名の段階では「地区計画の原文」は配布されていなかったようで」という部分について「協議会」の当事者の方から事実と違うという抗議がありました。「地区計画の原文を配布し、説明をした上て署名をもらった」ということですので、お詫びしてそのように訂正します。 説明を聞いていて気になることが何点かありました。
国立市の明和地所の最高裁判決というのは今年3月に出たもので、原告の請求こそ認められなかったものの(理由は地区計画は工事が始まってから後出しされたものだったからということのようです)「良好な景観に近接する地域内に居住する者が有するその景観の恵沢を享受する利益は,法律上保護に値するものと解するのが相当である」と、判決でハッキリ景観権が認められ、これは良好な住環境を求める住民にとって強い味方になると考えられます。(新聞記事) ただ、国立市の大学通りと比べて、東町の住宅街は景観的に特別だとは言えませんが、今回の地区計画が単なる住民エゴでなく、生活者の一般常識に裏打ちされたものであれば、仮に今後裁判になったとしても十分勝算があると思われます。 武蔵野市ではかつて後藤喜八郎市長の時代に、「指導要綱」を巡ってマンション業者と争いになり、市の方でも水道の供給をストップするなどかなり強硬な手段を取ったものの、結局最高裁まで行って市が敗れてしまい、市長が損害賠償を命じられたことがありました。そんなこともあって武蔵野市は慎重になっているのかも知れませんが、内容はともかく、地区計画策定そのものに反対ではない筈なので、今後東町住民との話し合いが進むことが期待されます。
ところで少なくとも昨年の4月に三鷹市と法政大学側が協定書を結んだ頃には(建通新聞東京2005.7.4付)、武蔵野市は三鷹市からのルートで公式に校舎移転の話を聞いていたようで、その時点で跡地をどうするか、法政側から武蔵野市に全く話がなかったのは、よく考えてみると大変不思議なことだと思っていました。 しばらく前、その疑問が氷解するような、前市長と法政との関係について大変興味深い話を聞き込みましたが、当事者に確認した訳ではないのでここに書けないのが残念です。 |
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